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お正月なので、そもそも…を考えてみる

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なにか問題がありその解決が簡単ではなさそうなとき、
そもそも…と思いつくことで答えがみつかる場合がある。問題自体が消えてしまうような。
しかし、そもそもなぜ?を繰り返していくといつか必ず答えのでない問いにぶつかる。
を何度も経験して知っているので、普通それを考えるのは敬遠される。
プログラムは将来の要求変化をコードする一方で今ない問題をコードしてはならない。
この一見矛盾するルールを守る必要がある。に似ている。
与えられた予算とその時点のリソースから「現実的解」は決められるが、
その境界はどこ?は明確ではない。し、簡単でもない。
が、あまりにも簡単に決めている場合があるような気がしている。

「神を信じる場合におてい神は存在しない」をゲーデル命題というらしい。
ならば、「神を信じなければ神は存在し得る」もまたゲーデル命題といえるだろう。
そうゆう命題の存在を数学で示したゲーデルの証明の価値は大きいと思う。
と言ったら、それに何の価値があるのかちっともわからない!と言われた。
た~しか~に!何の意味があるのだろ???

たとえば、「千兆円を超えた負債をどう処理するの?」を考えてみる。
これはもちろん自分の課題じゃないので普通には自分が考えるべき問題ではない。が、
日本が抱える最大の課題と思うし、選挙の年だし、選挙でこれは問われるの?は心配だし、
お正月なので考えてみることにする。

こうなることを危惧していた人は少なくなかったはず。
にもかかわらず、現実となった今、
それが、どう解決されるのか?解決されないのか?の想像がつかない。
という状況は起こり得て、いずれその結果が明らかになる時がくる。は明らか。
チャラにするにしても、インフレになるにしても、
もしかするととんでもないイノベーションという神風が吹くにしても、
いずれにしても、お金の価値の変化は伴うだろう。
そもそも道具に過ぎなかったお金との主従関係がいつの間にか逆転し、
それに苦しむことになれば、その関係をどこかで転換せざるを得なくなる。
つまり、今はまだ当たり前と考えている神を偶像に引きずりおろさなければならなくなる。
先の戦争の前後で起こったことから連想すれば、
それが方法であれば、人の不幸は最小で済み、
それが結果であれば、痛手はけっこう大きい。
今がまだ前夜であれば打つ手はあるのかもしれない。
そんなことは考えても仕方が(意味も価値も)ない!と言って突き進むことはできるが、
そもそも…と考えてみて回避できる可能性がまったくないわけでもない。

って、これがゲーデルの証明の価値にどう関係するの?
は、やっぱりまだまったく見えないね;
でももし、GDPを引き上げようとして結果貧乏になったとしたら…
実際h、チャレンジして訴訟されたりする例もあったりして、
それって、神を信じて神を失う。に、なんか似てない?

とにかく、今年は野矢さんの論理トレーニングをやってみることにしよう。
プログラムは論理言語なのでまったく役に立たないこともないだろう。
自分課題にも、遠回りに見えて意外と近道になるかもしれない。←勘w

Written by nasu38yen

2016年1月2日 @ 11:51 PM

カテゴリー: 未分類

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