ピースペース

信じる者は救われない

leave a comment »

一般に信じることは良いことで、辛いことがあったりすると、
よく、「○○を信じて乗り越えていこう!」などと言ったりするので、
乗り越えていけるなら信じることは悪いことじゃないのだろう。
とりわけ宗教においては、信じる=徳が高い。と思われている。

一方、神を信じて罪を犯す者も絶えないので、
自然、宗教に対する印象が悪くなっている側面もある。
徳の高い信者は、それは間違った信心だと言うが、
何が間違っているのか?は、ふつうはっきりしていない。ので、
その時点で、科学信者は宗教を拒絶して終わる。
しかし、確かに科学は神の存在を証明できないことは証明したが、
同時に存在しないことも証明できないのは明らかなので、
いかに科学信者であろうと神から逃れることはできない。

では、世の中に正しい宗教と間違った宗教があるのだろうか?
少なくとも、釈迦もイエスもムハマンドも間違ったことは言わなかった。
ただ言葉になったとたん間違った解釈が生まれる。は避けられない。
は、おそらく科学的に証明されている。
神を言葉にすることはできない。と言った科学者は正しいと思う。

いたるところに神が宿っていると考えたり、
それをただひとつの神と考えたり、どこにもいないと思ったりするのは、
同じものを違った言葉で表しているだけで、
なぜなら、それは言葉にできないので、言葉で信じることはできないのだ。

偶像を拝んではいけない! は、そうゆう意味で、
お釈迦さまもたぶん同じことは言っていて、
あなたが偶像だと言って壊してしまったその遺跡は実は
あなたが唯ひとつと考えているあなたのその神の一部だったんだよ!!
をモーゼはもう一度きちんと説明しなおしたほうが良い気がする。

Written by nasu38yen

2015年11月27日 @ 6:20 PM

カテゴリー: つれづれ

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。