ピースペース

自由について考えてみた

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昨日、生産組合の会合に行ってきた。
来年の作付面積について説明があって話し合いが行われる。
収入は多くないので作付面積自体は左程問題ではない。
問題はそれが公平に決められているのか?は重要だ。

転作は協定である。守るものと守らないものがあって、
守らないものが得をする。が現実にあるの。はおかしいだろう?
面倒なことはやめていっそみんな自由にすればいいんでね?
本当は自由なんでしょ??
に至って農家はみんな哲学者になる。

TPPもいちおう進展した今、そこから時代の方向を読めば、
その答えはだいたい決まっている。
とわいえTPPがそうであるようにずっと先を見ているわけで、
それまでは本当の自由はおあずけだ。
30年先まで一体何を保留するのだろう?

戦後だいぶたってから産まれのオラ達にとって、
自由はお釈迦さまと同じくらい守るべき大切なものだ。
そしてお釈迦さまと同じようになにかよくわからない。
を人類はずっと考えて続けてきたわけで、
例えばサンデルさんの本には、
なにを考えてきてどこへ到達したのかの経過がわかりやすくまとめられている。
を読めば、青二才のオラが叫んでいた自由など、
そんな自由などどこにもない。がよくわかる。
なのにそれでもまだ自由を求めているのは何故?

猫は犬に比べて自由なように見える。
本当は犬の方が自由だったので鎖でつながれたので、
それで性格が変わったのかもしれない。
猫だって家を出ていくのは勝手だが…
そう自由は損得に対して自由じゃないのだ。
生きるか死ぬかはいつだって最重要。
一方、人は自由を賭けて死を選ぶこともできる。
を誰にも止めることはできない。
自由もやはりへびからもらったリンゴで、裏と表があり、
何人にもそれが何か?を決めることはできない。

安保の騒ぎも、原発をめぐる論争も、
基地移転のすったもんだも、TPPはもちろん、
自由にしばられてあんまり自由じゃなさそうに見える自民党とか、
自由すぎるように見える維新とか、
根底には同じように自由にまつわる葛藤があって、
自分派から見れば向う派はいつも宇宙人にしか見えないが、
損得の基盤が違うのでこれはあたり前で、
誰もが自分が生きる場所を賭けているだけで、
そう見ればどっち派も同じで、
たまたま生まれた場所や時代で立場があるだけで、
立場が変われば簡単にあっち派になる。
から自由になるのはそう簡単じゃない。

てことで、
いくら考えても自由をわかることはできなくて、
それを考えることから自由になることもできない。
いつかこの世に浄土がやってくるまで、
人はそれをずっと求め続けていくのだろう。
とにかく、
田んぼにいるとき、それを感じる瞬間がある。
ので、なかなか簡単にやめられない。

Written by nasu38yen

2015年11月1日 @ 9:41 AM

カテゴリー: つれづれ

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