ピースペース

少なくともその筋でここ当面の地方に成長戦略は描けない

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TPPや消費税をめぐる攻防を見ていて、その境界に何があるのか?考えてみた。
近代社会は合理性を追求してその意味で目覚ましい発展をしてきた。
「合理的」というのは、たとえばビジネスで言えば、そこに「人のため」とかを挟む余地のない冷静な世界だ。
http://peaceb.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_c6a8.html

人はもちろんまだそれに十分耐えられないので、合理的を貫くことはできないし、
それで、完全に合理的な社会というものも築くことはできない。

合理的な社会では合理的を貫いた者が勝つ。
市場は合理的だ。
市場の失敗というのは、合理的を貫けない人の性を表したものかもしれない。

というわけで、今の人は、合理的な自分と非合理的な自分
を微妙なバランスをとりながら生きていくしかない。
そして、生まれ育った環境などでどちらかに傾いている。

さて、日本やその他の先進国では、合理的の限界もチラチラ見え隠れするようになってきた。
たとえば、事故の犠牲者に報いる合理的な手段がみつからなくて困っている。
(事故を反省して改善された少し安全を消費をするその後の人は犠牲者に直接の対価を払っていない)
市場にはその力が欠けている。
を、今は税で補うしか手がないが、その執行を信頼する合理的方法はまだない。
限界というのは人が非合理的な感情で見ているものであり、合理的自体には罪もなにもない。

一方、それ以外の国々(世界の大多数の人口)では、合理的社会の恩恵がまだ十分とは言えない。
という世界の状況を見れば、経済成長戦略勢力の勢いはまだまだ衰えそうにもない。

なので、
TPPがどうなろうと
消費税がどうなろうと
景気がどうなろうと
エネルギーがどうなろうと
世界の中の日本の位置がどう変わろうと
経済的成長は、すくなくとも日本の地方にはあり得ない!
その価値観で言うところの負け決定。

なので、地方がとるべき戦略は、反成長戦略だ。
おらは、田舎で暮らしているので、立場上、成長戦略レジスタンスだ。
だから、「農業の復活」といった場合、社会の価値観が反転することを意味しているので
大多数の他の人達が言っている「復活」とは意味が異なる。
幸いネットの普及に若干光明は見れるし、孤独な闘いでもない。
そもそも勝ち負け価値観からの逸脱なので本当であれば闘う必要もない。

まあ、普段、生きていくのに、こんな区別の意識は必要はない。
ただ、普通に好きな場所で好きなように生きればいいだけだ。

ちなみに、この反成長主義者はTPPも消費税も再稼働も賛成。
合理的は否定していなし、というか合理的なことはホントは好きだし。
が、効率的をそれと勘違いして、
なんの疑いもなく利益だけを追求してそれを合理的と考える
誤解を蔓延させる防備もしないで成長戦略を言ったり、
経済的地位の維持をグローバル戦略のように言って、
世界を狭量に扱うのは先進国の役割を忘れてると思う。
国の借金がここまで増えてしまったのも原因は基本同じだ。
返せるお金があるなら返せるうちにとっと返してしまえばいい。
でないと、なんにも始まらないよ。
豊かになりすぎて本当に見えなくなってしまってることがあるんじゃない??
が、反成長戦略主義者の主張だ。

いろんな人がてんでに正しい話しをするので、混乱して進路を失いそうになるとき、
この相反する価値観の混在を考えてみるのが良い気がする。
誰の話しも正しくて、誰の話しも正しくない。 ほら、少しは寛大になれるでしょ??
自分では気づかずに都合の良い非論理的な勝手合理主義を唱えてる人
が案外多いも見えてきておもしろい。
その人たちには注意して! よい人生の選択を!

Written by nasu38yen

2012年6月1日 @ 12:25 PM

カテゴリー: 未分類

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